琥珀の夏

 大縄、ピクニック、アスレチックとかボルダリング!とにかく身体を動かしたい。特に一人じゃできない運動がしたい。





一人でいる時に、何かをしたいと思うことなんて稀である。

まだ読みかけの小説をよそに、新しく手に入れた本を手に取った。

読書なんてそれは一人でしか出来ないことだけど、その気力が今あることが、自分のことなのに少し意外だった。

起きている時しか本なんて読まないし、誰かのことを考えたりしない。当たり前のことを言うみたいだけど起きている時以外、何もしたくない。

シンプルに、ずっと読みたかった作品の文庫版がやっと手に入ったから、というのがありますが。

ずっと、これが、自分の性質なんだと思った。



もう何年も前になるけれど、こんな状態で誰かに会ってもな、と心が半分引きこもっていた時代に「会いたい人に会いに行くことから始めれば?」と知り合いのおじさんに言われて会いに行った人がいた。

先輩のライブを観に行ったのだけど、それを話したら、「偉いね」と言ってもらえた優しい記憶。

何でもかんでも褒めるとか、不健康な馴れ合いではなくて、その瞬間そこに存在する空気とか温度とか気持ちとかを丁寧に掬い上げるような作業がそこにはあった。

いつまでもそういうのが自分の一番下の方で水分を湛えて、根を張っている。魔法の木、だからわたしは大丈夫なのだ。



(その日の箱のブッキング、思い立って走り出した瞬間の決断力、その日の私を遅延や事故もなく運んでくれた電車や、おじさんにも、あの日の全てに感謝している。人生単位で見れば取るに足らない一日でも、あの日があっての現在だと感じるから)



(大袈裟なことが一番楽しいよ、と教えてあげたいのは、好きな人だけ)





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6.26のライブで、10月23日にワンマンライブをJANUSでやりますという重大発表をしました。


“In a Sweet Slumber“

英語のタイトルはわかりづらい、と言われたが、わかりづらいのは君の方だろうということで振り切ってこのタイトルにした。

“甘い微睡みの中で“

海外の曲や小説の中から最初は引用しようとしたけれど、パッと思いついたこの言葉が今の自分にしっくり来た。

頭の中は常に白い霧で覆われていて、眠ってる時と起きてる時の境目があまりない、私の意識世界の話。思考がいつもどこか塞ぎ込んでいるが、日常の中に小さな幸せを見つけた時にときめきを感じて初めて視界が開ける。

その度に生まれる、「明日もどこかで目覚めよう」という希望を込めたタイトルです。


6月までの連続企画は、そんなときめきの音楽をつめ込んだイベントだったというわけです。おかげで肌のターンオーバーが良い感じです。そのぐらい栄養価が高い一日一日となりました。

大切な日に歌ってくれる仲間がいて、大切な日にそれを聴いてくれるお客さんがいて、こんなに幸せな人生はないと思ったから、日々を噛み締めて走り抜けてきたので2月〜6月まであまりあっという間という感じはしなかったです。

改めて、本当に本当にありがとうございました!


濃い日々を過ごす中で、時間はやはり放っておいても砂のように指の間から流れていくから、取りこぼさないように必死だった


嬉しいことに目一杯喜んで、悲しいことを目一杯悲しんで人は人になっていくものだと考えたら、このままここにはいられないのだと自然と悟っていくような時間だった から

そうだ、挑戦しよう!と思った。このタイミングで。

その心がバンドマンだねと、Zeelaの隼さんに言ってもらったのが嬉しかった。

He is バンドマン、だから余計に。


幸せの重みで、私の気持ちはまだ6.26にあるような気がするくらいだけど、続く日々もまた目まぐるしく

悲鳴を上げながら7月に突入!職場の人から『どうしたん?』と心配の声をかけられて「発作です」て答えといた。実にそんなもの。

職場では音楽をやっていることは言わず、習い事をしている設定である。





底知れないネガティブも、先行きの見えないポジティヴもまた、今を生きる私自身だと信じることもできなければ、いよいよすっごくくだらない現世に思えてくる瞬間がある。でも本当の本当にそんなことだったら、絶望的だし寂しくて仕方ないのが本音だから。


一人の時に、涙が止まらなくなってやっと、気持ちが溢れ出していたことに気づいたりする。我慢していたつもりもないけど、生きるってたぶん殆どそんなことだし、と常にそういう感覚だった。強がりもいいとこだから、次の段階へ進んでいく

しかしわたしの凄いところは、その最大積載量で、過去も全て連れていくところ。




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