本物のリンゴは意外と偽物みたい

 “自由律俳句“というものに出会って、日々の中で「誰かに話しても返答に困らせてしまうな」と思って何となく押し込めていた感覚(車窓から眺める団地のベランダが好き、とか)って、表現してみてもいいんだ。と思うことができて、目の前にあった林檎を見てふと思いついたタイトルです。

日にちが経っていたのか見た目が少し傷んでいて、眼鏡をかけていなかったため一瞬、置き物のようにも見えたから。

鼻を近づけて匂いを確かめてみたら、柔らかいけどちゃんと林檎の香りがした。



誰かに何かを伝える時、しばしば「自分の想いを偽物だと疑われたらどうしよう」と不安になる時があるけれど。

こんなふうに紛れもない本物の林檎ですら、タイミングや目についた場所によって「これ本当に食べても大丈夫なのか?」と思ってしまうようなことがあるんだから、いつ何時も、私は私が知っている私を信じて、堂々としているべきなのだ。




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“人生のターニングポイント”って過ぎ去ってから知るけど、時折り「このやり方ではもう通用しないのか」とリアルタイムで気づく瞬間がある。

点々とそれが起こり、その瞬間が増えてきた時、今がそうなのかなとおもったり考えてみたりする。

それは同時に、「今まで自分はこういうやり方をしてきたのか」と知る瞬間でもある。

恥ずかしくなったり、弱くなったりもするけど、間違うことは間違いじゃないことも学んできたから、その時々の自分のことも認めることができた。


色んな人が力を貸してくれたし、そのことにいつもとても感謝していた。

期待に応えなきゃと思い始めたら、嫌われたくなくて、気がついたら目的がすり替わり、どこかで間違えてしまったのかもしれない。

こういう自分の愚かしい部分こそ、作品に落とし込むべきだ、と勝手に同じタイプかもと思っている方が発言していたから、注力していこうと思っている部分ではある。




今までやったことがないことを、本当にささいなことも含めて、やっていきたい気分。

自分で内側からヒビを入れて、新しい光を取り込むこの作業は久しぶりのように感じるけど、やっとその気力がまた少し戻ってきたのだな。


意地だけで続けてきたことや、保ってきたものなんてたくさんある。

誰かに外側から叩かれても大丈夫なように凍らされて、冬眠していた期間だったのかもしれない。

弱いやつだと思われるのも、何も出来ないやつだと思われるのも、そういうキャラ(レッテル)を受け入れてきたのは私自身であるということ。

本当に弱くて何もできない奴だったらそもそもあなたの近くにいませんよ、と言ってやればよかった。


そんな、私が私に甘んじている部分に気づいて叱ってくれた人がいた。

自分でもとっくに気がついていて、散々このブログに書いていたことだから、多分読んでいないだろう人から言われるとは思わなくて、びっくりしたのと同時にこんなに愛を貰ってしまって大丈夫なのかとまたそこで不安になった。

所謂“不思議チャン“で済まされることの多い自分のキャラクターに対し、本当はそうじゃないのに偽物のように振る舞っていれば便利で楽なことも多いし、気づかれることもないと思っていたから、本物の私はどこにいるのかと問うてくれるような人に出会えて、今までちゃんとやってきたことも認めた上で、まだ変われる部分があるならやろうと決めた。方便とはいえ、私が苦しんでいたら意味がないから。



“自分の愛を生き切るための人生”これは好きな小説の好きな一節。

本当にその通りだと思う。




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好きな作家の先生たちは揃いも揃って、Xのことを“Twitter“とよぶ。

昨今のSNSはまるで毒壺のようだからあまり娯楽的には開かなくなったけど、久しぶりに“Twitter“で面白いものを見た。


とある歌人と歌人の議論の最中に、“喧嘩腰に見えること”を指摘され外野に噛みつかれた片方の歌人(私が好きな人)が、外野とちゃんと和解するところまで突き詰めて返信を重ねる。


付随するツイートで、さらに全く別の人が語っていたのが、人間の関わり合いで喧嘩腰が悪いというのは最近のカルチャーであって、少し前までは喧嘩腰こそが誠実さの表れだったはず、という話。

ギリ・Z世代に入るらしい私も、喧嘩してまで伝えたい自分の気持ちなんて殆どないと思っていた。

実際にそれを指摘されて疎遠になった友達もいるから、カルチャーショックを受けたし「確かに」とも思った。


同じ外野の私から見れば、やり合う義理もなさそうに見えた外野に対し、そもそもの発端となった議論との一貫性を保つために、言われたことに対し流さずやり取りを重ねる歌人の姿に感銘を受けたのであった。


短歌初心者の私には議論の内容自体がとても面白くて、深夜に読み始めて気がついたら朝になっていた。

「韻律論」でよかったら検索してみてほしい。

今夜も読み物が尽きない…。

識る為に生きていると思う、今世はなかなかおもしろい(前世の記憶持ちとかじゃ別にないです)。




傷つくことと傷つけることは必ずセットになるものだし覚悟の上で向き合う関係性の構築というのは今の私にとって大きな課題となる。

私が私を信じてあげないと成し遂げられないことだから、とても時間がかかることだろうけど、まずはそこから。


食べられる林檎だけど腐らないのが私の凄いところ、というのは自負している。













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