本物のリンゴは意外と偽物みたい
“自由律俳句“というものに出会って、日々の中で「誰かに話しても返答に困らせてしまうな」と思って何となく押し込めていた感覚(車窓から眺める団地のベランダが好き、とか)って、表現してみてもいいんだ。と思うことができて、目の前にあった林檎を見てふと思いついたタイトルです。 日にちが経っていたのか見た目が少し傷んでいて、眼鏡をかけていなかったため一瞬、置き物のようにも見えたから。 鼻を近づけて匂いを確かめてみたら、柔らかいけどちゃんと林檎の香りがした。 誰かに何かを伝える時、しばしば「自分の想いを偽物だと疑われたらどうしよう」と不安になる時があるけれど。 こんなふうに紛れもない本物の林檎ですら、タイミングや目についた場所によって「これ本当に食べても大丈夫なのか?」と思ってしまうようなことがあるんだから、いつ何時も、私は私が知っている私を信じて、堂々としているべきなのだ。 🍎 “人生のターニングポイント”って過ぎ去ってから知るけど、時折り「このやり方ではもう通用しないのか」とリアルタイムで気づく瞬間がある。 点々とそれが起こり、その瞬間が増えてきた時、今がそうなのかなとおもったり考えてみたりする。 それは同時に、「今まで自分はこういうやり方をしてきたのか」と知る瞬間でもある。 恥ずかしくなったり、弱くなったりもするけど、間違うことは間違いじゃないことも学んできたから、その時々の自分のことも認めることができた。 色んな人が力を貸してくれたし、そのことにいつもとても感謝していた。 期待に応えなきゃと思い始めたら、嫌われたくなくて、気がついたら目的がすり替わり、どこかで間違えてしまったのかもしれない。 こういう自分の愚かしい部分こそ、作品に落とし込むべきだ、と勝手に同じタイプかもと思っている方が発言していたから、注力していこうと思っている部分ではある。 今までやったことがないことを、本当にささいなことも含めて、やっていきたい気分。 自分で内側からヒビを入れて、新しい光を取り込むこの作業は久しぶりのように感じるけど、やっとその気力がまた少し戻ってきたのだな。 意地だけで続けてきたことや、保ってきたものなんてたくさんある。 誰かに外側から叩かれても大丈夫なように凍らされて、冬眠していた期間だったのかもしれない。 弱いやつだと思われるのも、何も出来ないやつだと思われるのも、...
